本田雅一、ウェアラブルデバイスを語る/第6回『wena wristはマジョリティとなり得るか』

テクノロジーの分野で、知らぬ人はいないほどのジャーナリストが、本田雅一氏だ。その本田氏が、腕に着ける装置「ウェアラブルデバイス」を語る。第6回目は前回に引き続きwena wristについてだ。 携帯型の時計は、さまざまな世相の中で特殊な文化として育ってきた。なんてことを、エレクトロニクス業界の僕が書き始めるのも、なんだか不思議なことのように思われるかもしれない。 しかし、腕時計は資産であり、ファッションであり、実用的な道具でありと、いろいろな要素を複合的に持ち合わせる、実に複雑な価値を持つ商品ジャンルである。「あなたにとって腕時計とは?」と、腕時計が好きという人に問いかければ、10人が10人、それぞれ異なる価値観を語ることだろう。 腕時計は時代とともにその位置付けや価値観が変化し、それ故に今では多くの要素が織りなす価値観を持つ製品ジャンルとなった。しかし、実は個人が使うエレクトロニクス製品も、その歴史が浅いというだけで、腕時計と同じような歴史を歩んでいるのだと近年感じてきている。 エレクトロニクス製品に限らず、工業製品が機能を争う時代、性能を争う時代というのは、振り返ってみると短いものだ。たとえば1990年代から2000年代半ばにかけて、パソコンは“クロック周波数”という性能の尺度で、その価値が捉えられていた。 なぜならクロック周波数が向上すれば、PCの演算処理能力が高くなるため、それまで実用とならなかったアプリケーションも実現可能となり、“最先端”に新しい用途が生まれるという循環が繰り返されていたからだ。クロック周波数の向上は、すなわちパソコンという商品が提供する価値を高めることにつながっていた。ところが、その価値観は時代とともに“省電力”あるいは“電力あたりの効率”といった要素が重視されるに従い、時代遅れのものになっていった。 そうした変遷を経て、人々は性能を争うのではなく、製品が提供する価値をもっと総合的に見るようになっていく。さらに“身につける”ことができるほどコンパクトで、日常生活に溶け込む製品ジャンルであれば、人々の興味は自分のライフスタイルとのマッチングやデザインの好み、あるいはファッションへと向かい始める。結果、製品は細分化され、評価の視点やポイントも多様性を増していく。 近年であれば、ヘッドフォンやイヤホンなどが、そうした傾向にある。音質を気にかける消費者がいる一方で、カラーリングもしくは使い勝手や、用途ごとのマッチング(たとえば電車内での扱いやすさ、あるいはランニング時の使用感が良いものなど)が重視されるようになった。 同じジャンルであっても、その時代ごとに消費者側から見た製品の見え方は大きく変化する。という、実に当たり前の話なのだが、これはウェアラブルデバイスにも当然ながら言えることである。