松山猛の台湾発見「台北の夢」

松山猛・著『せらみか』より
(1993年、風塵社刊)  地方から台北に帰ると、まず圓山大飯店に落ち着いた。やはり良い。やはりこのホテルの風格が良い。麒麟聴(チーリンチャン)という別館の玄関に入ると、フロントにいた初老のマネジャーが、顔を見るなり言った。「またお会いできてよかったです」と。この早春の家族での投宿を、彼はちゃんと覚えていてくれたのだった。
「今度は、ほう雑誌の取材でねえ。ご家族は皆様元気でしょうな。そうですとも、さあ上等の部屋をお使いになって」
 旅をしていて、こういった心の触れ合いほどうれしいものはない。彼のようなプロフェッショナルに恵まれたホテルは、だから素晴しいと言える。
 その日から、天仁茗茶の西門街の店やら、中華商場の骨董屋とか、故宮博物院などを駆け抜け、写真を撮り、美食の粋を求めてといったハードスケジュールを楽しんだ。このような念入りに趣味に徹した取材行は、全く疲れることを覚えないのだから、人間ってものは、すこぶる適当にできていると考えながら。
 故宮博物館では、ちょうど歴代の磁器特別展をやっており、黄釉の物もたっぷりと見ることができた。
 それよりも成果があったのは、さらに幅広く、磁器を見渡せたことにある。僕がテキストにしている、昭和12年版の、上田恭輔という人が書いた『支那古陶磁研究の手引』という本があるのだが、当時の本ゆえに色刷り口絵の数も少く、釉薬の色名が山盛り出て来るのだけれど、少しも実感として色が浮かんでこなかった。しかし、その現物を眼にして、全部わかった。たとえば茶葉末釉、いわゆるそば手の物など、なるほどという色をしているのだった。故宮の売店でも、数冊のテキストを入手して、このごろは暇ができる度にながめ入っている。ピーチ・ブルームやアップルグリーンといった、清代の銅釉の窯変の物など、これはかなわんといった風情であって、歴史の違いというのか、奥行きのあまりの深さに、ほとんど立ち尽してしまった。
 そして不遜にも、やっぱりこんな美器を卓上に並べて、一生に一度でいいから、心ゆくまで食べたり飲んだりしてみたいなと、考えたのである。
 もっとも、王侯の食卓と、料理屋のそれをごったに考えてはならぬが、器の良さを加味して、食を供する中華料理店が少なすぎる。むろん広い世界である。僕が知らない所に、そのような店があるかも知れないけれど、不幸にしてまだ、行ったこともなければ、噂も聞けないでいる。 閑話休題。旅の終りに近くなって、ようやく古玩商の店先をのぞくことができた。台北にもいろいろとアンティック屋はあって、市中を南北に通じる大動脈路、中山北路の二段近く、また八徳路二段辺などにも数軒の店があるが、僕は中華商場の2階にある数軒にまず期待をかけていた。春に出かけた時、黄釉に緑彩で龍紋を描いた物などを見かけたからである。