松山猛の台湾発見 第2回 <口福を求めていざ>

松山猛・著『せらみか』より(1993年、風塵社刊)  3月の台湾は春の只中、そういえば3年前の旅も春だった。陽明山に咲く、色濃い桜に目をうばわれた。朝の便を頼んだのに、切符は夕方の便で、半日の時間を損してしまったが、元気いっぱいの家族は、圓山大飯店に着いても、どうせまだ眠れぬ感じで、僕らはタクシーをやとい、中心街の台湾料理店へ、粥を食べに出かけた。
 梅子餐庁は、とろとろと煮あがった粥で有名な店だが、最近の流行事情を反映してか、海鮮料理や台南風担子麺等のコーナーもできている。この3年のあいだに、流行の変化があったものと見える。
 実に良く食べ歩いた1週間だったが、こと中国料理には、飽きるということがないように思えた。1月に風邪をひいて以来、あまり体調は完璧じゃなかったが、医食同源の言葉どおり、台湾にいるあいだに、もりもりと体力が向上したように感じられたものだ。 台北市は旅の終りに、ゆっくり歩こうと、僕らは台中に向かった。台中では大公園に面したホテルを予約しておいた。公園があれば、子供たちが退屈した時に利用できるだろうと考えたからである。そしてそれはまさに正解であった。
 翌朝、下の娘がいつもより早く目覚めた。やはり異国の風や時間を感じるのだろうか。僕は娘と2人で散歩に出かけた。寒すぎる東京から来たから、台中の気温は快適そのもので、僕らは薄着のさわやかさを楽しんでいた。するとベンチに座っていたおばさんたちのひとりが「赤ちゃん風邪ひくよ」と言う。「東京にくらべたら、夏の朝ですよ台中は、だからちょうどいい」と僕は応えた。見れば、 公園に集う人々は皆、けっこう厚着をしている。それにしても、早朝6時前から、なんと多くの人々が、公園に集まってくることか。
 太極拳のグループも、流派ごとにいくつもの集団がある。両手に原色の扇を持って、舞うような武術もあれば、剣を持っているグループもいた。また社交ダンスをする一群の人もいるし、何もしないでただ毎日生きのびていることがうれしいといった、老人たちのグループもある。
 老人たちはみな、味のある表情の持主ばかりで、時間をかけて、古い話なども聞いてみたかったが、彼らの今は平和な時間を、かきみだすことはできないと思った。
 公園の片隅では、フラッシュダンスのテーマ曲をカセットデッキで流し、ジャズダンス風の踊りに夢中の、若いグループもいた。夏ともなれば、熱帯に近い台中は、暑苦しくて眠れぬ夜が多かろう。昼間も過しにくいほどの暑気だろう。仕事前の早朝の公園は、だから利用価値が高かろうと思われた。 日本でも、老人の早起き会などはあるが、早朝の公園にこれだけ多様な年齢の人間は集まらない。ジョガーや散歩者の多くは、都市の孤独そのものを表情にあらわしている。