【不定期連載】時計修理の現場から/フランク ミュラー「トノウ カーベックス」のゼンマイを入れ替える(第2回)

 不定期連載、『時計修理の現場から』。
『クロノスファム』の編集長が所有するフランク ミュラー「トノウ カーベックス」(手巻きムーブメント、キャリバーETA7001を搭載)が、ゼンマイ切れを起こした。分解の様子を伝えた前回に引き続き、今回はゼンマイを入れ替える作業を取材した。 フランク ミュラー ウォッチランド東京(日本輸入総代理店/ワールド通商)
住所:東京都中央区銀座5-11-14
電話:03-3549-1949
HP :今回の修理担当:山本宜充さん/ワールド通商(テクニカルサービス部) 機械式時計を駆動する部品のこと。今回のような手巻きムーブメントの場合、リュウズを回すことで、動力源である主ゼンマイが巻き上がり、そのゼンマイのほどける力がエネルギーへと変換されていく。かつてゼンマイの素材には鋼が使われていたが、1940年代以降は弾性に優れたニヴァフレックスやエルジロイなどの合金が使われるようになった。
 ゼンマイが収まるのは、平たい筒状の部品である「香箱」(こうばこ)。
香箱はエネルギーを蓄えるとともに、輪列を動かす最初の歯車ともなる。そのため香箱車を別名「1番車」と呼び、このエネルギーが2番車、3番車へと伝達されていく。  主ゼンマイを取出し、力がかかっていない状態では、S字型をした金属の帯となる。香箱の中には、これだけの長さの主ゼンマイが収まっている。この主ゼンマイが香箱の中で巻き上げられて生まれるエネルギーが、ムーブメントの原動力となる。 途中で切れているとはいえ、香箱に小さく収まっているゼンマイはほどける際に大きなエネルギーを放つ。その勢いは香箱から「ビュンッ!」と一瞬で飛び出してしまうほど。両手で交互にゼンマイの端を押さえながら、少しずつ慎重に取り外していく。 ゼンマイが切れる原因はさまざまにあるが、主には長年の使用による金属疲労が挙げられる。ゼンマイの中心部分を見ると、先端部分に横長な長方形の穴があるのが分かる。この穴が、香箱真からポチッと出っ張ったフックと噛み合うことで、リュウズからの巻き上げのエネルギーが伝わる。この巻き始めの部分が、長く硬い合金製の主ゼンマイを巻くために最も負荷のかかる部分である。
 なお、リュウズから香箱までエネルギーが伝わるのに、巻き真、ツヅミ車、キチ車、丸穴車、角穴車を経由する。この角穴車の四角い穴が、香箱真の四角いホゾと合致することで、香箱の大きなエネルギーを要する回転を可能とする。  香箱の内側には段差が付いている箇所があり、この段差と、ゼンマイが2重になっている部分の段差と噛み合うことで、香箱内の主ゼンマイの位置が固定される。手巻き式の主ゼンマイはこのように、巻き始めと、巻き終わり部分が固定されているため、巻き上げ量に限界ができる。
 手巻き式のリュウズを巻くほどに手応えが固くなるのはこの巻き上げ量の限界に近づいているからであり、この限界値を超えると、ゼンマイ切れを起こす。 香箱の分解前に話が戻るのだが、その際にゼンマイ交換の際の重要なチェックポイントがあった。それは、香箱真と香箱蓋のガタ付きを確認することだ。香箱真の四角いホゾの部分をピンセットでつまみ上下左右に動かした時、適度な「アガキ」があることが大切だという。このアガキが全くないと、ゼンマイを巻く時、ほどける時に香箱への負担が掛り、適切な力が伝わらないなどの不具合が生じる。逆にアガキが大きすぎる場合には2番車と香箱が擦れてしまうなどの問題が起きる。
 今回はアガキが大きすぎたため、写真右のようなアールがついたアクリル台の上で蓋を曲げることで、穴を縮めるよう対処した。  香箱内で主ゼンマイがスムーズに伸縮できるよう、新しい主ゼンマイに潤滑油を適量付ける。大きな摩擦力を生む香箱内には、輪列機構に使用される油よりも10倍ほどの粘り気があるグリスが塗布される。ちなみに写真右側の手前にあるのが、香箱真。香箱に新しいゼンマイを収め、香箱真をゼンマイの中心に入れる。香箱真をゆっくりと回し、ゼンマイの穴と香箱真のフックが引っ掛かることを確認したら香箱蓋を閉める。そして、再度、香箱真のアガキを確認し適切ならば、ゼンマイ交換の一連の作業が終了となる。 次回はムーブメントの組み立てへと移る。(つづく)