時計経済観測所 / 「ブレグジット」で英国経済に暗雲

2016年、国を二分して争った国民投票の結果、下馬評を覆して欧州連合からの離脱が選択され、翌年には正式にEUに通知した英国。いわゆる「ブレグジット」が及ぼす経済への影響について気鋭の経済ジャーナリスト、磯山友幸氏が分析・考察する。 国の欧州連合(EU)からの離脱が着々と迫っている。2017年3月29日に英国のメイ首相がEUからの離脱を正式に通知したので、原則2年間の離脱交渉期間の半分が過ぎた。関税や通商、サービスなどを巡って交渉が進められているが、なかなか合意に達していない。 英国としてはEUから離脱した後も、EUとの間でFTA(自由貿易協定)を結び、「深く特別なパートナーシップ」(メイ首相)を維持したい考えだが、EU側は英国を特別扱いしない構えだ。離脱国を特別扱いした場合、EUから加盟国が相次いで離脱し、EU崩壊につながりかねないと恐れているからだ。 英国のEU離脱、いわゆる「ブレグジット」の期限が迫る中で、英国内では離脱が経済に大きな影響を与えるのではないか、との懸念が広がっている。2016年に国民投票でブレグジットを決めた直後は、英通貨ポンドがユーロに対して急落したため、大陸からの旅行者などが大きく増加、英国内での消費を押し上げる皮肉な結果になった。ブレグジット支持派からは、EUから離脱しても英国経済に影響はない、といった楽観論を主張する声も上がった。 ところが、ここへ来て、目に見えるかたちでブレグジットの影響が出始め、このままでは英国経済に深刻なダメージを与えるのではないかという懸念が出始めている。 その典型例が金融センターであるロンドン・シティからの金融機関の「脱出」が本格的に始まったこと。米ゴールドマン・サックスは英国内で働く6000人のうち1000人をドイツのフランクフルトに異動させることを決めたほか、スイスの金融大手UBSも英国内5000人のうち1500人をフランクフルトに配置転換することを決めた。 ロンドンがEU圏外になった場合、「単一市場」として金融業務が行える可能性が低くなったことから、最も影響が懸念されるユーロ建て取引などを大陸に移す動きが加速している。 こうした動きは英国の金融機関にも及び、英金融大手のHSBCも約1000人をフランスのパリに移す計画だ。すでに異動を開始している金融機関もあり、英国からの人員脱出が本格的に進み始めたのだ。現状ではブレグジットの金融業への影響が未知数のため、異動は最小限にとどまっているが、今後の英国とEUの交渉結果次第では、大陸への異動がさらに大規模化する可能性がある。 そんな中、英国の統計局(ONS)が5月15日公表したデータが衝撃を与えた。英国で働く他のEU加盟国の国民の数が、2018年1~3月期末に229万2000人となり、前年同期比で1.2%減少したのだ。減少は2010年以来8年ぶり。リーマンショック後の金融危機以来の減少となったのだ。 中でも減少が目立ったのは、2004年にEU加盟を果たした東欧8カ国の国民で、合計で9.1%減少した。東欧諸国の人材は比較的低賃金の業種などに就いており、こうした分野でも流出が始まっていることを如実に示す格好になった。人口流出が金融だけでなく、幅広い業種に広がりつつあることを示していた。 人口の流出は中長期的に見れば、経済成長の阻害要因になる。特にシティで働く金融機関の従業員は、他の業種に比べて高所得層が多いため、シティからの人口流出は英国内の消費減退などに直結しかねない。高額所得層の減少は時計や宝飾品といった高額商品の需要減にも響くことになる。 スイス時計協会の統計では、2018年1~3月(累計)のスイス時計の全世界向け輸出額は、49億8320万スイスフラン(約5540億円)と前年同期比10.1%増えた。ところが英国向けは12.0%の減少と大きく落ち込んでいる。3月単月の減少率は22.3%で、落ち込みが一段と鮮明になっている。 当初、ポンド安による旅行者の増加で時計販売も好調に推移したが、ここへ来て減速が鮮明になってきたのだ。