ピュアジャーマンを受け継ぐモリッツ・グロスマンムーブメントの全貌❹

モリッツ・グロスマンの新たなベースムーブメントとして
2015年に発表されたCal.102.0。
これまで堅牢さを最重要視してきた同社だが、今回は拡張性と審美性に大きな配慮が加えられた。
これを可能にしたのは、オフセットした駆動輪列。
設計陣は扱いが難しいこの“近代的な輪列”を、どのようにフィットさせたのだろうか。ーブメントの設計にあたって、堅牢さを重視してきたモリッツ・グロスマン。あえて拡張性を考慮せず、可能な限りムーブメントを大きく厚く作るという思想は、同社のムーブメントに往年の懐中時計のような頑強さを与えた。しかし同社は、薄型化・小型化というトレンドにも無関心ではなかったようだ。2015年発表の「テフヌート」には、頑強さと薄さを両立させた新ムーブメント、キャリバー102・0が搭載されたのだ。一般的に、ムーブメントが薄く小さくなるほど、耐久性と精度は悪くなる。それらを悪化させず、むしろどう改善していくかが、近代の腕時計用ムーブメントの歴史であった。設計を担当したイェンス・シュナイダー氏とノルウィート・ウィンデッカー氏は、102系の設計要素をこう説明する。「狙いはふたつ。付加機能を載せるベースにすること、そしてムーブメントの造形をより明確に見せること」。〝タフネス〟が条件に挙がらなかったのは、同社にとっては言うまでもない事項だからだ。
 付加機能を載せるには、ムーブメントを薄く作る必要がある。そのためウィンデッカー氏は102系にオフセット輪列を採用した。2番車を中心に置かないオフセット輪列は、時刻合わせの際に針飛びが起きやすい反面、2番車と香箱、そしてテンプが重ならないため、ムーブメントを薄く設計できる。
 1980年代以降の自動巻きムーブメントはほとんどがこの輪列だが、手巻きでは、ピアジェなどの薄型ムーブメントを除いてほぼ存在しない。独特なノウハウが必要なためだ。しかしグロスマンは幸いにも、筒車に板バネを噛ませて針飛びを防ぐという対策を持っていた。さらに102系の輪列を見ると、時分針を駆動するのは、オフセットした〝2番車〟ではなく、ムーブメントの中心に据えられた太い〝2番カナ〟である。つまり典型的なオフセット輪列に見えるが、実のところ、2番車を中心に置いた標準輪列の変形版なのである。板バネとの組み合わせにより、時刻合わせ時の針飛びはまず起こらない。しかし、この変形輪列を採用した狙いは、薄さだけに留まらない。
「輪列をオフセットすることで、独立したテンプが強調されますね。テンプと香箱をほぼ同径に揃えると、スペース効率が高くなるのは、時計学的にもよく知られた話です」(ウィンデッカー氏)。加えていうと、4番車(102系では6番車)と丸穴車の直径もほぼ等しく、香箱と輪列の受けはあえて直線に裁ち落とされた。古典的な仕上げに隠れて分かりにくいが、オフセット輪列や部品のサイズ/形状が示すとおり、102系の設計は極めて近代的なのだ。  審美性に関して、ウィンデッカー氏はさらにいくつかの配慮を加えた。ベヌー・トゥールビヨン以降に採用されたARCAP製の歯車は、ムーブメントの色味をシルバーに統一するためのもの。さらにテンプ受け上に備えられた緩急微調整機構は、調整幅が狭められたうえ、テンプ受けの中に内蔵された。緩急針の在り方に関しては、シュナイダー氏以上に〝原理主義者〟であるウィンデッカー氏。彼はA.ランゲ&ゾーネの時計学校で講師を務めた経歴を持つ。「よく調整されたムーブメントならば、緩急針の位置は、自ずとテンプ受けの中心に来るはずです」。
 さらにシュナイダー氏はこう補足する。「テンワに穴を開けて片重りを取る場合も、開けすぎると醜くなる。私はあまり開けたくないし、そうならないようにムーブメントを基礎設計しています」。
 可能な限りフラットに成形された地板も、審美性を考慮した結果だ。工作機械の進歩により、近代的なムーブメントは地板に複雑な形状を与えられるようになった。生産性は上がったが、審美性が高いとは言いがたい。対してウィンデッカー氏はこの〝近代的な手巻き〟に、往年の懐中時計用ムーブメントそっくりの、凹凸を持たない地板を与えた。かつては工作機械がプアだったために地板は平たく成らざるを得なかった。しかし102系では審美性のために、あえてこれを再現したのである。102系の意匠が、18世紀から19世紀の懐中時計用ムーブメントを思わせる一因だろう。 もっとも審美性を意識しても、時計としての在り方をおろそかにしない点はモリッツ・グロスマンらしい。地板の日の裏側は開口部が極端に小さくなり、余計な穴も省かれている。薄い地板の剛性を確保するためである。地板を削りたくないためか、ベヌーに比べてストップセコンド機構は細く簡潔になった。しかし相対的に小さくなったテンワの慣性モーメントを考えれば十分な仕様だ。同様に巻き上げ機構も小型化されたが、耐久性を高めるためいっそうユニット化された他、一部の部品も強固にされた。ちなみに筆者は、小径のムーブメントを大きなケースに収めることを好まない。美観を損なうだけでなく、ムーブメントへの負荷が大きくなるためだ。しかしグロスマンは巻き上げ機構を強固にすることで対応する。〝汎用機〟としての拡張性は、巻き上げ機構にも反映されたわけだ。
 耐久性への配慮は、香箱とテンプの関係にも見て取れる。主ゼンマイのトルクは700g・㎜。ETA2892-A2より弱いが、プゾー7001よりはわずかに強い。しかしテンワの慣性モーメントは13g・㎠とプゾーの3倍近い。弱い主ゼンマイで大きなテンプを回し、しかもパワーリザーブを延ばせた理由は、ウィンデッカー氏のいう「バネ性の弱いヒゲゼンマイ」にある。ちなみに筆者は、ヒゲゼンマイの弾性を弱めてテンワの慣性を大きくする、またはパワーリザーブを延ばすという近年の設計思想を好まない。ただし振動数を1万8000振動/時から2万1600振動/時に増やす程度ならば、十分許容範囲だろう。グロスマンは現代的な設計思想を採り入れても、決して過剰にはならないのである。 そもそもキャリバー102系は、2針のムーブメントとして設計されていた。しかし16年発表の日本限定モデルでは、7時位置に秒針を設けている。設計時に意図しなかった秒針を加えてなお、ダイアルの配置に無理がないのは写真が示す通り。企画した日本法人の慧眼もさることながら、秒針を加えても違和感がないように設計した、設計陣の手腕こそ賞賛されるべきだろう。拡張性を重視した新型キャリバー102系。やはりその設計は、モリッツ・グロスマンらしい独創性と入念な配慮に充ちたものだった。